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2020年7月14日 (火)

可能性を求めて

 前回の記事には、貴重なご意見を賜りまして、有難うございます。フェイクということについては、定義に拠るかと思います。いずれ改めて考えてみましょう。

 今回は、前回書いたことの延長上に、大学という場以外に研究の場を求めることは不可能だろうか、ということを考えてみたいと思います。確かに研究者の就職は厳しくなっています。そのことを告発することは、もちろん大きな意味があることです。けれどもまた、単に批判しているだけでいいだろうか、ということもあります。

 「人はパンなしでは生きられない」ということは事実です。でも、「人はパンのみでも生きられない」ということもまた事実だと思います。「パンなしでは生きられない」ということの追求はもちろんしなければなりませんが、だからと言って、「パンのみでは生きられない」ということを無視するのは適当ではありません。そもそも、パンを求めるだけならば、研究職でなくてもいいはずです。研究という仕事自体、「パンのみ」から外れる仕事です。

 研究は、大学に就職しなければできないことなのでしょうか。もちろん分野によっては、巨額の設備を要し、大学や特別の研究機関でなければ不可能な分野もあります。とりわけ自然科学の最先端分野に関しては、そのことが言えるでしょう。けれども、すべての分野がそうというわけでもありません。とりわけ人文学の分野は、多くの場合、それほどの設備を要するわけではありません。確かに本や資料は必要ですが、それは公共のものやネットを使えば、かなりのものが揃います。大学に属する研究者でも、実際の研究は大学の研究室でなく、自分で蔵書をそろえ、自宅で研究しているという人も少なくありません。むしろ、大学は雑務が多すぎるし、教育と言っても、一般教養的な授業は直ちに研究に結びつくわけでもありません。

 また、他に職を持ちながら、余暇に研究したいとか、定年過ぎてから一念発起して研究したいという人も少なくありません。定年過ぎてから研究をはじめ、博士号を取ったり、立派な研究書を出した人は少なくありません。古文書を読んだりとか、古典語を学んで翻訳するなどということは、定年後に時間の余裕ができてから趣味としてするのに適しているという面もあります。

 仏教学者の師茂樹さんが、思文閣出版のPR誌『鴨東通信』2020年春夏号に「「私塾」が拓く(かもしれない)未来」という、示唆に富む文章を書いています。師さんたちは、大学外の私塾を経営として成り立たせることができないかと、上七軒文庫を立ち上げました。https://kamishitiken-bunko.com/ それは、「大学と対立したり、大学の役割を否定したり」するのではなく、かつて「仏教寺院に作られた学問の場」や「漢学などが学ばれた江戸時代の私塾」をモデルとして、「人文学を後世に伝えるバイパスとしての役割を果たせないか」という大きな意図を持っています。しかも、それを合同会社としての組織として、経営的に成り立たせることを狙っています。

 師さんは、その先蹤として、京都の私塾GACCOHや東浩紀さんのゲンロンカフェをあげています。中村元先生が立ち上げた東方研究会(現、中村元東方研究所)も、東方学院という一般向けの講義の場を設けています。もともとは、中村先生は「現代の寺子屋」を目指したもので、その点では、師さんの意図と合致すると思います。他に、仏教関係に限定されますが、法華コモンズhttps://hokke-commons.jp/ も自由な講義を開講しています。

 こうしたものは、ある意味では、カルチャーセンターのようなところもあります。カルチャーセンターで小説作法を学んで職業作家としてデビューする人もいます。私もカルチャーセンターで講義をしたことがありますが、聴講者のレベルは高く、相当準備しないと間に合いません。カルチャーセンターというと、朝日カルチャーに代表されるように、大きな企業が大規模に展開するかのように思われがちですが、自治体が地域に密着しながら、創造的な力を発揮しているところもあります。

 はたして師さんの言うように、それが経営として成り立つかどうかは、なかなか大変なところかと思いますが、最近になって、こうした動きがいろいろ出てきていることは、楽しみですし、そうした動きを応援したいと思います。私自身、未来哲学研究所https://miraitetsugaku.com/ というところと関係していますが、これはそれ自体としては経営的に成り立つことは意図していません。

 経営的に長期に利益を上げて継続できるか、というところは難しいところです。東方研究会は、それを意図して公益財団法人として長く続けていますが、長く続くと、組織体としては安定しますが、組織そのものが運動体として創造的な力を発揮できるかというと、難しいところがあるように思います。商業ペースになると、経営自体が自己目的化して、本来の目的である研究の新しい開拓というところからずれてしまう恐れがあります。それは規模の問題とも関係して、規模が大きくなればいいかというと、必ずしもそうも言えません。このあたりは難しいところで、方針次第というところがありそうです。

 師さんが言うように、お寺の学問や江戸時代の私塾というのは、確かに過去のよいモデルになります。お寺の場合は、大寺院はむしろ今の大学のようなもので、大きな組織をもって、経営的にも安定し、長い時間にわたって蓄積することができます。それに、聴講者も坊さん相手ということで、限定されます。むしろ江戸時代の私塾のほうがモデルになるでしょう。私塾も、江戸時代の終わりになると、何千人という学生を集めて、今の私立大学のようなものになります。豊後の広瀬淡窓の咸宜園には4千人の学生が集まりました。福沢諭吉の慶應義塾は実際に大きな私立大学に発展しました。

 江戸時代の終わりには、いろいろな学者があちらこちらに私塾を開いて、志ある若者は、それを渡り歩いて勉強しました。それぞれ創設者の強い意図があり、有名なところでは、吉田松陰の松下村塾など、実践家を輩出しました。そういえば、それをモデルにして松下幸之助が設立した松下政経塾というのもありました。

 江戸時代のもっと早い時代から、こうした私塾はあって、伊藤仁斎の古義堂が有名です。それとすぐ近くに山崎闇斎が闇斎塾を開いて対抗しました。荻生徂徠の蘐園塾も有名で、その一派は蘐園学派と呼ばれました。昌平坂学問所は、後には幕府の直営になりましたが、もともとは林家の私塾で、江戸時代の初めから終わりまで続きました。

 現代の私塾が、はたして経営的に成り立つかどうか、また長期に存続するかどうか、どのくらいの規模にするかは、それぞれ運営の方針に拠ります。それは、大学のように法律に縛られるものではないので、どんなふうにしようが自由です。戦争の譬喩はあまり適切でないかもしれませんが、あえて言えば、正規戦ではなく、ゲリラ戦のようなものと言えるかもしれません。

 まして今日、ネットを使えば、新しい可能性が拓けます。コロナ禍はネット社会の進展を促進するでしょう。なんでもネット化することがいいかどうかは分かりません。でも、大学でなければならないという枠を外して、いろいろな可能性を試みていくことはいいことだし、必要です。YouTubeの中でも、ずいぶん水準の高いものがあるようです。そのあたりになると、どうも私など旧世代には追い付かないところがありますが、新しい可能性はいろいろと試してみるほうがいいと思います。また、連動して雑誌や本を出すということも考えられます。出版会も今行き詰っていますが、これも電子出版などを使っていけば、まだまだ可能性は開けると思います。

 そんなわけで、もちろん「パンなしには生きられない」という面も大事ですが、「パンだけでは生きられない」という面からの発想ももっと展開していいと思います。そのほうが新しい可能性が開けてくるのではないかと思うのです。

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コメント

末木先生がここに述べられているのは、大学・研究所等に研究室があり、図書館・資料室等を利用しやすく、研究費・ネット環境等が公費で賄われ且つ整っている「正規の研究者」が、「研究持続可能な在野研究者」を想定した内容です。専門書・資料等を自費にて購入することが可能な経済力がある人、資料等を探して公共図書館等の開館時間に調査等の時間を割く余裕のある人、多くの資料や書籍を身辺に置くことが可能な住宅に住む、等の「在野研究者」です。実際の多くの在野研究者は、経済的にも時間的にも住宅事情的にも、またネット環境も、乏しく不安な中に在ります。今般の印仏学会では、エントリー後のリモート発表の通達の後、辞退した人が多く見受けられました(全てがリモートが原因ではないと思いますが)。学術大会自体は成功したのかも知れませんが、それは「持たざる者」が排除された上での成功ともいえます。所詮「上級国民の上級国民による上級国民のための」学会ですね。仏教は何を説いたのでしょう?仏教の研究は何を目標になされているのでしょう?生活と自尊心維持のために行う「自己保身的仏教研究」でしょう。正規の研究職に就いている人が、堅固な城の中から城外で生活できる人のみを見て、着の身着のままの路上生活者に「覚悟があれば生活できますよ」と口先だけで言っているのと同じです。

いつも楽しみに拝読しておりますが、今回はどのような人々にどのようなメッセージをお届けになりたいのか、正直な所あまりよく分かりませんでした。

すでに博士号なども持ち、非常勤を掛け持ちしながら職探しをしている研究者に、「私塾やカルチャースクールの学生になって研究を続ければよい」とおっしゃりたいということでしょうか?
それは、先生や、先生が今回挙げられた先生方のように、(まことに失礼ですが現在ほど就職難でない時代に)「パンを確保し」「一度もパンを手放したことのない」方々から言われても、あまり説得力はありません。
(これらの先生方が、学びの裾野を広げようとされているのは素晴らしいことと思いますが)

もちろん私塾やカルチャースクールでも学べることは分かっていますが、それでパンは食べられません。研究者は研究でパンを食べたいのです。
大学や大学院の大きな役割は、専門的な技能を身に付けさせ、将来の仕事に生かすことができるようにすることにあると思います(もちろん、それだけではありませんが)。
そうであれば、研究という専門的技能を身に付けた者が、仕事として研究職を得ようとすることはごく真っ当なことですし、現に先生方もそうしてこられたではないですか。
研究者が研究で食べられないとすれば、ほかの技能を1から身に付け、別の職種に挑戦しなくてはなりません。人はパン無しでは生きられないのですから。
そのような苦労を本当に想像した上で、書かれたのだろうかと疑問に思わざるを得ません。

また、大学という場以外で研究ができないわけではないのかもしれませんが、大学に籍の無い人間や非常勤講師が科研費を申請できない、図書館の利用も制限されるといった現状からして、できる研究が相当限られるであろうことは容易に想像がつきます。

若手研究者が求めているのは、このようなメタ的な観念論ではなく、もっと実質的な「非常勤の身分でも科研費に申請できる」とか「公募書類を統一し、簡素化する」とか「大学図書館の利用資格を拡充する」といったことだと思います。
常勤の先生方で、なかなかポストが得られない若手~中堅の研究者の境遇に対し、SNSなどで声高に同情してみせ、義憤を示してみせる方々は多いですが、そのような先生方の大部分は、上記のような実質的な改善については口を閉ざしているようにみえます。
大きなギャップを感じます。

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