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2019年10月 6日 (日)

研究現場は今

 いろいろな方に関心を持っていただき、コメントを頂いて、有難うございます。若手研究者の現状をめぐっての関心が高いことがよく分かります。これは本当に切実な問題です。これについては、毎日新聞京都版が「研究現場は今」という精力的な連載をしています。地方版なので、目に触れることが少ないかもしれませんが、ネットに掲載されています。

https://mainichi.jp/ch190638893i/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%81%AF%E4%BB%8A

 ただ、有料記事で、冒頭部分しか無料で読めないのが残念です。無料化していただきたいものです。私はずっと毎日新聞を取っています。マイナーでいつも経営危機に瀕しながら何とかがんばっているところが、応援したくなります。

 それはともかく、10月1日の第6回「研究と収入、両立で葛藤 文系、常勤ポストでも見通せぬ未来」という記事は、博士問題を要領よく正確にまとめていて、首肯されるところが少なくありません。担当記者は菅沼舞氏です。目に触れにくい記事ですので、以下に(前後したり、省略しながら)引用しながら、コメントを付していきます。

 この記事では、次のような方が例として挙げられています。

《文系の分野で今年3月に博士号を取得し大学院を修了した男性(33)は、府内の大学で非常勤講師として週に数コマの授業を受け持ちながら、アルバイトも掛け持ちして研究を続けている。妻(35)も研究者を目指して関東の大学院に籍を置いているが、幼い子がいるため、一家は今、京都で生活している。》

《博士号取得後、家族のためにも収入を安定させようと、給料と研究費が得られる学術振興会の研究員(博士)に応募したが、2年連続で逃した。非常勤講師の収入は週3~4コマを担当して月8万~10万円。これだけでは親子3人の生活をまかなうのは不可能で、男性は現役で働く両親から毎月30万円の仕送りを受けている。》

 学振(PD)は、確かに3年という期限はありますが、その間に自由に研究ができるので、もらえるのともらえないのでは大違いです。もらえない場合は実際厳しい状況になります。この方の場合、非常勤が週3~4コマということですが、通常はそれほど実家からの仕送りが望めないので、非常勤をもっと増やすか、それ以外のアルバイトをすることになります。私も就職浪人中は非常勤をかき集め、多い時は週6コマ、それに市民講座的なものを1コマ持っていました。だいたい1コマ2万円台前半くらいで、その頃から今も大きくは変わらないと思います。ただ、非常勤の場合、同じ大学ならばよいのですが、1コマずつ別の大学を駆け回ることになると、疲れます。中には片道2時間もかけて、1コマだけ非常勤に行くという方もいます。非常勤講師は、研究・教育の仕事を継続していることの証明になりますので、どうしても必要です。

 この方の場合は、妻が離れたところの大学院に所属しているので、不在の間の育児や家事があるので、外での仕事を増やせないのでしょう。同じような状況の方の場合、模試の採点、出版社の編集の補助、企業の書類の翻訳、ネット関係の仕事など、家でできるアルバイトをすることが少なくありません。科研などのデータ入力やその処理などは、研究にも関わるもので、研究室の教員や先輩から回してもらえることが少なくありません。

《妻とは互いが大学院生だった時に結婚した。双方とも学術振興会の研究員として収入があったので決断できたが、非常勤で研究を続けている周りの先輩たちは結婚する余裕すらなかった。》

 生活が安定しない若手研究者の場合、結婚は大問題です。私自身もそれで苦労しましたし、周囲の若い研究者も独身の方が少なくありません。どうしても狭い範囲の生活なので、研究者同士の結婚が多くなります。結婚しても、夫婦別居はふつうですし、子供を作れない場合も少なくありません。この方の場合も、妻は関東の大学院に在籍ということですので、旅費もかかるでしょうし、授業料も必要でしょうから、金銭的な負担も多くなります。専任職をもっても、夫婦で全く離れた地方の大学に就職する場合も少なくありません。アメリカの方ですが、東海岸と西海岸に別居で、飛行機で4時間という方もいました。

 小さな子供がいる場合、研究の継続は本当に大変です。夫婦のうち、どちらかは研究をあきらめざるを得ない場合が少なくありません。そこで、学振の特別研究員の中に、RPDというのが設けられています。これは、出産・育児で研究を中断せざるを得なかった場合に、その後研究を再開するのを援助するものです。制度としては、男女を問わないはずですが、現実問題として、多く女性のほうに負担がかかり、この制度は実際には女性が活用する場合が多いようです。その点では明らかに性差別的ですが、中には妻のほうが研究能力が高く、夫のほうがサポートに回る例もあります。そのあたりは、夫婦で話し合っていく他ありません。

 もちろんそのような制度があっても、それだけでうまくいくというわけにはいきません。いちばん成果をあげられる時期に研究を中断せざるを得ないマイナスは後まで響きます。子供が大きくなって、手がかからなくなると、今度は教育費などの金銭的な負担が増します。そうなると、不安定な非常勤職だけではとてもやっていけません。常勤職が得られないで、研究をあきらめて他の職に就いた方も少なからず知っています。

《常勤職に就けば安定した収入が見込めるが、大学や研究機関の常勤ポストを得るには業績を積む必要がある。だが、非常勤講師という身分で研究を続け業績を出すのは簡単ではない。研究室を持つこともできず、資料を借りるのも一苦労だ。授業の準備もあり、家族を養うためにコマ数を増やすと研究時間が減る。》

 常勤ポストへの就職に業績が必要ということは確かです。博士論文は公開することが原則になっています。そのままネット公開ということもありますが、業績として認められやすいのは、それに手を加えて単行本として出版することです。以前はそれほどでもなかったのですが、最近では立派な研究書を出す若手が多くなり、公募の場合その方が高く評価されます。そこで、博士号取得後の最大の仕事は、博論の部分を学会などで発表して、その成果をアピールするするとともに、他の研究者の批判を受けながら、博論に手を入れてその出版の準備をすることが中心になります。その際に、学振(PD)をもらえると確かに有利です。

 この方の場合、非常勤が3~4コマだということですので、遠距離でなければ週2日にまとめられます。授業の準備は、最初の1,2年は慣れないので確かに大変です。ただ、その後はそれを改良していけばよいので、負担は減っていきます。ですから、育児などの家庭生活の負担を除けば、研究時間が取れないというほどでもないように思います。

 この方の場合、「資料を借りるのも一苦労」というのは、もとの大学を完全に離れてしまっているようですが、学振(PD)が受けられなくとも、多くの場合は、研究の継続のために、博士課程を在籍した大学、あるいはその他のところで何らかの形でポスドク研究員の資格を得ることがなされます。今日、多くの大学では、ポスドク対応のため、報酬は少なくても何らかのポストを作って、研究の便宜を図っています。ですから、なるべくそのような形で、大学や研究機関に繋がっていることは必要です。そうすれば、図書館を利用して資料を借りたり、新しい情報を得る便宜が図られます。

 じつは、研究の継続の困難は、時間の問題よりも、孤立してしまうことで、研究へのモチベーションが下がってしまうことが大きな原因となります。できるだけ博士課程の時に在籍した大学の研究室なり、他の研究機関なりとの関係を持ち続けることが必要です。そうすれば、先輩や同輩との研究会などで、刺激を受け、研究意欲が高まります。この方の場合、それにどう対処しているのか分かりませんが、研究時間が減るからというので、自分だけの世界に閉じこもるのは危険です。逆に積極的に研究者間の交流の中に飛び込むほうが、最新の研究情報も得られますし、いいヒントも得られますので、かえっていい論文が書けるようになります。

《運良く常勤職を得られても、今度は事務作業や学生の指導、学内のもろもろの用事に追われ、研究に割ける時間が十分に確保できない恐れがある。「常勤のポストを得てもバラ色の未来が待っているわけではない」。》

 これも大きな問題ですが、少し長くなりましたので、次に回します。

 

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コメント

いつも興味深く拝見しております。
私はギリギリ若手のポスドクで、就職に苦労している一人です。
その視点から、今回の先生のエッセーは頷ける点も多いですが、次の2点に関しては問題があるように思いました。

1つは、終わりのほうに書かれている、「研究の継続の困難」についてです。
孤立とかモチベーションの低下といった精神的な問題の前に、お金の問題が一番大きいです。
というより、後者が前者の主な原因でしょう。
研究者は生活費もそうですが、研究費を確保する必要があります。
しかし私の知る限りほとんどの大学では、非常勤講師に科研費の申請資格を与えていません。
だから無給であっても、科研費の申請資格がもらえる(出身研究室などの)研究員のポストを求めるのです。
このポストも大学によって無かったり、期限があったりしますし、学外なら知り合いの伝手が必要です。
非常勤講師にも科研費の申請資格を与えてほしいと願っているポスドクは多いと思います。

2つ目は、先生の若手時代との違いです。
今回に限らず、エッセーのところどころで、ご自身の若手時代のお話を織り交ぜておられます。
お見受けするところ、現在の若手が抱える問題は昔からの連続性がある、というお立場なのでしょう。
しかし現在は、博士の学位があるのは当然ですが、単著があって、論文が何十本もあって、外国語での発表もたくさんやっていて、教歴も十分な人でも、30代で就職できない人がたくさんいます。
また最近は、教歴のある人にしか非常勤を担当させない大学が多いようです。
これは先生の若手時代と同じといえるでしょうか?

このエッセーから最終的に導き出されるのが、「若手はいつの時代も苦労するものだ」という結論なのか、それとも「現在の」構造的な問題を解き明かすヒントなのか、楽しみに待ちたいと思います。

コメントありがとうございます。非常に大事なご指摘と思います。考えてみたいと思います。

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